中国地方最高峰・鳥取県西部の大山は、西側から見ると富士山のように見え『伯耆富士』と呼ばれています。
大山の天候は刻々と変化し、様々な雲の動きもあり、四季折々の風景を見せてくれます♪


07.5.21daisen




日の出

夕映え

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9.5 曇り大山 

9.5 曇り空大山


90歳越えても描き続けた大観の、語録をメモってきました。


どれも、これも、含蓄のある、意味深い言葉ばかりで、素晴らしいのです。


『 私の富士観  』 横山大観


富士の名画というものは、昔からあまりない。


それは、形ばかり写すからだ。


富士を描くということは、富士に写る自分の心を描くということだ。


心とは、畢竟、人格にほかならぬ。


それはまた、気品であり、気迫である。


富士を描くということは、つまり、己を描くということである。


己れが貧しければ、そこに描かれた富士も貧しい。


富士をかくには、理想をもって かかなければならぬ。


私の富士も、けっして名画とは思わぬが、


しかし、かく限り、全身全霊を打ち込んでかいている。


富士の美しさは、季節も時間も選ばぬ。


春夏秋冬、朝晩、富士は、その時々で姿を変えるが、


いついかなる時でも、美しい。


それは、無窮の姿だからだ。


私の芸術も、その、無窮を追う。


     ― 『 私の富士観 』・朝日新聞・昭和29年5月6日 ―



芸術は、最後は、哲学の域まで、自分を高めていくようです。


芸術を極める上で、気品、教養、人格、宗教、哲学は、大切だといっています。


だから、素晴らしい芸術に触れる事は、それを眺める私たちの心をも、


癒し、高めてくれるのだと思います。


人は、どんな事でも、一つの事に、生涯徹すれば、自ずと、そういう方向にすすめるようです。


つい、あれも、これもと、気が多く迷い、中途半端なってしまいますが、


大観とは、次元は、全く、違いますが、いろいろ、教えさせられました。

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